こんにちは。ITチームの片山です。ダイコン、好きですか?自分は名前が「だい」なので保育園に通っていたころからダイコンとからかわれたり、幼少期に食べた味の薄い煮物の記憶があったり、一人暮らしをしてからはなかなか火が通らなかったりで、ダイコンおろしとぶりダイコンを別としてあまりよい印象をもっていませんでした。けれど、坂ノ途中に入社してダイコンのステーキを食べて驚いたり、さまざまな品種をいくつもの調理法で食べてきたことでダイコンはじつはすごい野菜なのでは、と思い直してきています。
スーパーでは白くてずっしりと長いダイコンが目立ちますが、世界中で栽培されていて、交配や種どりのハードルが比較的低いことから無数の品種があります。浜大根や春の七草のスズシロのように野生のものも珍しくありません。
きっとみなさまにも推し品種があると思うのですが、私はこの記事のタイトルにもしている黒ダイコンを推しています(次点は紅芯ダイコンです)。
黒ダイコン
その真っ黒な見た目は、正直なところあまり食欲をそそらないのですが、中身は純白でギャップがあります。また、紫ダイコンなどのアントシアニンの紫のように水溶性ではないので煮込んでも煮汁はきれいなのもよいところ。そして見た目だけではなく、なんといっても味がいい。甘味でも苦みでもない、これが滋味なのか、というような味です。そしてみっしりしていて歯切れのよさもいい。(これは、品種の美味しさだけではなく、自分が手にした黒ダイコンを育てた京都大原の音吹畑さんの育て方がよいのもあります)
表面をたわしで洗って、皮を剥かずにポトフに入れても美味しいし、スキレットでグリルするだけでもご馳走になる。3歳の子も最初は黒い皮に怪訝な顔をしていましたがぱくぱく食べていました。
黒ダイコンのポトフ
ただ、黒ダイコンは固定種で形をそろえにくいことからなかなか量をつくっている生産者さんは少なく、お野菜セットでもめったに入りません(すみません!)。野菜セットに入ったら当たりだし、もしファーマーズマーケットなどでみかけたらお試しください。
しかし、黒ダイコンの出自はかなり謎です。以下、結論は出なかったものの、これから黒ダイコンのルーツを探そうという人への参考になればと、図書館とインターネットをうろうろ探しまわった記録を共有しておきます。

 

まず、いろいろ珍しい野菜が紹介されている好著「おいしい彩り野菜のつくりかた」(2018, 農文協編, 藤目幸擴監修)では、黒ダイコンは古代エジプトのピラミッド建設ではタマネギ、ニンニクとあわせて食べられていたと書かれているのですが、この出典がなかなかわからない。
このダイコン、タマネギ、ニンニクという組み合わせについてはヘロドトスの「歴史」でも触れられていますが、ここでは黒とは書かれていません。1971年の岩波文庫版では次のように書かれています。
ピラミッドにはエジプト文字で、労務者に大根、玉葱、ニンニクを支給するために消費した金額が記録してある。私は通訳がその文字を読んで聞かせてくれたことをよくきおくしているが、その金額は銀千六百タラントンにものぼっていた。
ちなみに、1890年の G. C. Macaulay による英語版では、ダイコンは radish でニンニクの部分は leek となっているなどニンニクについて翻訳でずれている可能性も感じますし、現代の野菜と同じ姿とは限らないことには注意が必要です。さらに、付け加えると、テレビにもよく出ていた考古学者の吉村作治さんの「古代エジプトを知る事典」では、ダイコンといっても日本の白い長いダイコンではなく、小さく丸いラディッシュのようなものだったと断言までしています。けれど、これも根拠は不明で、むしろ radish という英名にひっぱられているようにも思える。さらにいえば、ヘロドトスのエジプト記自体についても信頼性に疑問の声もあるようです。
また、エジプトの庶民の生活や酒造りまで説明している「古代エジプト生活誌」という楽しい本では、ダイコンは野菜としてではなく、油を搾るための種が重視されていたという記述はある一方で、別の本では、「貴重な植物油はゴマ、亜麻、トウゴマの種子からとっていた」と油の原料としてダイコンについては触れられていなく、ここでもずれています。たしかに食生活は記録されにくかったり、証拠も残りにくい側面はありますが、それでもここまでずれが出てくるのは不思議です。
インターネットでもうちょっと調べてみると、ある個人ブログでは、「黒大根の歴史は、その昔古代エジプトまで遡ります。ピラミッドの碑文に大根の絵が書かれており、使用法が記載されているそうです。」と記述され、その出典として「NHK 趣味の園芸 やさいの時間 2016年12月号」を紹介しているものを見つけました、これは!と取り寄せて読んでみると、黒ダイコンではなくダイコンについての記述で、単にヘロドトスにならっているようでした。誤った引用でいつのまにかダイコンが黒ダイコンになっている事例をひとつみつけてしまい、おおもとの誤引用で黒ダイコンになったというのもこのブログに限った話ではないのかもしれません。
ただ、Wikipedia(英語)では項目が独立していて、ここでは次のように書かれているのをみつけました(2018/11/18に追加されている)。
Cultivation can be traced back to Ancient Egypt, where illustrations in tombs show extensive use of a long variety of radish.
これは文脈によっては黒ダイコン自体ではなく、ダイコンについての歴史として書かれているようにも読めるものの、ひとつ大きなヒントです。この記述の出典をみると2006年の Alcock, Joan P. による Food in the Ancient World. とのこと。
洋書で83ドル・・・とても手が出ませんが、図書館を横断して蔵書検索できるサービス、カーリル https://calil.jp/ で探してみると、大阪の国立民族学博物館、通称民博(みんぱく)の図書室にあることがわかりました。現実的な距離です。
交通費と時間をかけるべきか、2週間ほど迷って止まっていたのですが、ふんぎりがついて有給をとって行ってきました。民博の図書館は全5層あり、静謐で緊張感があるところに多数のさまざまな言語の本が詰まっているすさまじいところでした。ちなみにこのとき万博公園で撮った写真が今月の坂ノ途中だよりで使われています。興味ある方はお野菜セットを買ってください。
ここで目当ての本をみつけて英語をがんばって読んでみましたが、エジプトについての記述に紙幅が割かれていても黒ダイコンについては記述は見当たらず、ダイコン油はオリーブオイル導入前に広くつかわれていたということや、クフ王のピラミッドの建設現場でもダイコンが配られていたという程度でした(読みなれない英語の本で見逃している可能性はありますが・・・)。
気を取り直してインターネットで探しなおすと、第五王朝のウナス王の時代から現れるピラミッド内の文章、通称ピラミッド・テキストを掲載しているサイト( https://www.maat.sofiatopia.org/ )をみつけました。ただ、肉などについては多数言及されているもののサイト内で radish を検索してもでてきません。
インターネットアーカイブの活動でデジタル化された、エジプト・ヒエログリフ辞典(Egyptian Hieroglyphic Dictionary)にも onion や garlic はありますが radish はありません。
さらにネットを探すと、プトレマイオス朝時代(紀元前 200 年)につくたれたとされる、飢餓の石碑(The Famine Stele)に radish stone というものが確認できる。radish のにおいのする石らしいです・・・。なんだろう・・・。 https://www.geopolymer.org/archaeology/pyramids/famine-stele-hieroglyphs-pyramids-construction/
世界中の論文を探せる Google Scholar で検索しても、原産地を探ったり、栄養学的な研究はありそうだけれど、考古学の文脈ではあまり扱われていなさそうに思えます。ちなみに植物新品種保護国際同盟(UPOV)によると学名(UPOV Principal Botanical Name)は Raphanus sativus L. var. niger (Mill.) S. Kerner とのこと。ただ、在野の身で論文にアクセスはできないため、実は記述されているかもはしれません。また、エジプトの壁画にたくさんのダイコンが描かれている、という個人のサイトは日本でも英語圏でもいくつかありましたが、具体的な壁画はみつかりません。
では百科事典は、とめくってもヘロドトスをひいているくらい。ひとつ、 The Oxford Companion to Food という鈍器のような巨大事典によると、黒ダイコンは東欧で好まれ、ふつうのダイコンより earthy で robust な性格があるとの記述をみつけました。これはいわゆる滋味とニュアンスが近いかもしれません。

 

と、これ以上の出典をみつけることはできませんでした。エジプトという現在に残る壁画や遺跡もたくさんあって、研究者もたくさんいるだろう地域における、ダイコンというみんな大好きな野菜であっても正確なことはわからず、むしろヘロドトス時代から続く俗説がひかれて、誤って引用されたりしていることがわかります。人類の知の積み重ね、難しい・・・。

 

ただ、最初に挙げた「おいしい彩り野菜のつくりかた」と Wikipedia 英語版と2018年に世に出た2つの文章で黒ダイコンがエジプトで食べられていたということで、やっぱりなにか共通の出典があるのではないか・・・とは思っています。図書館のレファレンスに相談するも一手ですが、この個人的な興味にプロの方のお手を煩わせるのも悪い気もして躊躇しています。エジプト壁画の探し方や黒ダイコンにお詳しい方いらっしゃったら、探し方のヒントなど教えてください(京都か大津でご馳走します)。

 

きれいな結論が出ていませんが、 to be continued ということでご容赦ください。
 
やはりエジプトか・・・。